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大阪地方裁判所 昭和32年(行)80号 判決

原告 川西ふさ 外五名

被告 大阪国税局長

主文

一、原告川西ふさの請求はいずれもこれを棄却する。

二、原告川西清司の請求はいずれもこれを棄却する。

三、原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子の請求はいずれもこれを棄却する。

四、訴訟費用はこれを三分し、その一宛を原告川西ふさ、同川西清司の負担とし、その一をその余の原告等の連帯負担とする。

事実

(双方の申立)

一、原告等訴訟代理人は「(一)原告川西ふさの関係において、訴外須磨税務署長が昭和三一年一二月一七日附を以て原告川西ふさの昭和二八年度分所得税についてなした更正処分及び被告が昭和三二年六月三日附を以て原告川西ふさの審査請求を棄却した決定はいずれもこれを取消す。(二)原告川西清司の関係において、訴外須磨税務署長が昭和三一年一二月一七日附を以て原告川西清司の昭和二八年度分所得税についてなした更正処分及び被告が昭和三二年六月三日附を以て原告川西清司の審査請求を棄却した決定はいずれもこれを取消す。(三)原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子の関係において、訴外須磨税務署長が昭和三一年一二月一七日附を以て訴外亡川西竜三の昭和二八年度分所得税についてなした更正処分及び被告が昭和三二年六月三日附を以て原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子の審査請求を棄却した決定はいずれもこれを取消す。(四)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告指定代理人は「(一)原告等の請求を棄却する。(二)訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

(原告等の請求原因)

一、(一) 原告川西ふさは、昭和二九年三月その昭和二八年度分所得税について所得金額を金五五三、四六三円、税額を過納額一一二、〇七〇円としたほか別紙第一表記載のとおりの確定申告を訴外須磨税務署長に対してなしたところ、同税務署長は、昭和三一年一二月一七日附を以て申告所得金額に一時所得金七、四二五、〇〇〇円を加算して所得金七、九七八、四六三円、税額を金四、二六三、八九〇円としたほか別紙第二表記載のとおりの更正処分をなし、原告川西ふさに通知した。原告川西ふさは、右更正処分を不服として昭和三二年一月一四日所得税法第四八条第一項但書の規定に基き被告に対し審査の請求をなしたところ、被告は昭和三二年六月三日附を以て審査の請求を棄却する旨の決定をなし、同年六月四日原告川西ふさに通知した。

(二) 原告川西清司は、昭和二九年三月その昭和二八年度分所得税について所得金額を金九、〇三七、五六四円、税額を金九八八、三八〇円としたほか別紙第一表記載のとおりの確定申告を訴外須磨税務署長に対してなしたところ、同税務署長は、昭和三一年一二月一七日附を以て申告所得金額に一時所得金七、四二五、〇〇〇円を加算して所得金額を金一六、四六二、五六四円、税額を金五、八一四、六三〇円としたほか別紙第二表記載のとおりの更正処分をなし、原告川西清司に通知した。原告川西清司は、右更正処分を不服として昭和三二年一月一四日所得税法第四八条第一項但書の規定に基き被告に対し審査の請求をなしたところ、被告は昭和三二年六月三日附を以て審査の請求を棄却する旨の決定をなし、同年六月六日原告川西清司に通知した。

(三) 訴外亡川西竜三は、昭和二九年三月その昭和二八年度分所得税について所得金額を金六、五七四、三五〇円、税額を金七三二、一八〇円としたほか別紙第一表記載のとおりの確定申告を訴外須磨税務署長に対してなしたところ、同税務署長は、昭和三一年一二月一七日附を以て申告所得金額に一時所得金七、四二五、〇〇〇円を加算して所得金額を金一三、九九九、三五〇円、税額を金五、五五八、四三〇円としたほか別紙第二表記載のとおりの更正処分をなしたが、訴外亡川西竜三が昭和三〇年一月二四日死亡し、原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子がその遺産を共同相続したので、右更正処分の通知を訴外亡川西竜三の相続人である右原告等になした。右原告等は右更正処分を不服として昭和三二年一月一四日所得税法第四八条第一項但書の規定に基き被告に対し審査の請求をなしたところ、被告は昭和三二年六月三日附で審査の請求を棄却する旨の決定をなし、同年六月四日右原告等に通知した。

二、(一) 原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の被相続人である訴外亡川西清兵衛は、明治二九年一二月訴外日本毛織株式会社が創立されて以来取締役社長及び会長として就任し、幾多の困難辛苦を経て遂に右会社今日の大をなすに至つたのであるが、昭和二二年七月右会社を退職し、同年一一月一九日死去した。訴外日本毛織株式会社は、訴外亡川西清兵衛が右会社に勤務すること実に五〇年に及び、これが功績著大なるものがあつたので、右訴外人に対し相当の退職金を支給すべき義務があり、右訴外人もその支給を期待していたのであつたが、右訴外人死亡当時右訴外会社は戦後不況の真最中であつたのと、昭和二一年六月制限会社に指定され、さらに同年一二月持株会社に指定せられて一定の行為を禁止、制限せられ、右訴外人死亡につき退職慰労金支出のため右訴外会社からG、H、Q及び持株整理委員会に交渉を行つたが承認するところがなかつたため、右訴外人に対する退職金の支出は実現するに至らなかつた。しかし、昭和二五年五月制限会社が解除され、昭和二六年三月持株会社の指定が解除され、かたがた会社業績も向上してきたので、昭和二七年一月開催の右訴外会社の定時株主総会で他の退職役員(第二次大戦後退職した役員はひとしく退職金の支給をうけていなかつた)とともに合計八名に対する退職金贈呈の件を取締役会に一任すると決議され、昭和二七年一一月二八日開催された右訴外会社の取締役会は訴外亡川西清兵衛に対する退職金として金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することを決議し、右訴外会社代表取締役太田威彦が同年一一月三〇日か同年一二月一日原告川西清司に、同年一二月一日か同月二日原告川西ふさ、及び訴外亡川西竜三にそれぞれ口頭を以て右決議の結果を通知し、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三は直ちに受諾の意思表示をなした。そして、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人である原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子は昭和三一年一二月七日前記退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円を前記訴外会社から受領し、右原告等協議の上原告川西ふさ、同川西清司に各金一五、〇〇〇、〇〇〇円宛、訴外亡川西竜三の相続人である右原告等に金一五、〇〇〇、〇〇〇円を分配したのである。

(二) 訴外須磨税務署長は、訴外日本毛織株式会社が訴外亡川西清兵衛に対し同人の退職金としてその死亡後その相続人である妻原告川西ふさ、長男原告川西清司、次男訴外亡川西竜三に支給された合計四五、〇〇〇、〇〇〇円を所得税法第九条第一項第九号の一時所得に該当するものとして、各相続分一五、〇〇〇、〇〇〇円から金一五〇、〇〇〇円を控除した額の二分の一に相当する金七、四二五、〇〇〇円の一時所得ありと解した結果、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年度分所得税について、前記各更正処分をなし、被告はこれを維持して原告等の各審査請求を棄却する各決定をなしたものである。

三、しかしながら、訴外須磨税務署長が原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年度分所得税について、それぞれ同年度に金七、四二五、〇〇〇円の一時所得ありとしてなした前記各更正処分には、次に述べるような違法があり、この違法な各更正処分を認容した被告の前記各審査決定も違法であるから、原告川西ふさはその昭和二八年度分所得税に関する更正処分及び審査決定について、原告川西清司はその昭和二八年度分所得税に関する更正処分及び審査決定について、原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子は訴外亡川西竜三の昭和二八年度分所得税に関する更正処分及び審査決定について、それぞれその取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

(一)  訴外日本毛織株式会社が訴外亡川西清兵衛の退職金として支給した金四五、〇〇〇、〇〇〇円は原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続財産に属するものであつて、所得税法第六条第一項第一二号(当時七号)の規定により同法第九条第一項第九号の一時所得に該当しないものであるから、これを同法第九条第一項第九号の一時所得に該当するものとしてなした本件各更正処分は違法である。

(1) 本件退職金は、訴外亡川西清兵衛が死亡し相続が開始された当時施行された相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号(現行相続税法第三条第一項第二号に相当する)の退職手当金に該当するから、相続財産とみなされるものである。

相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項には「左記に掲げる財産はこれを相続財産とみなす」とし、同項第四号に「退職手当功労金及びこれらの性質を有する給与(以下退職手当金等という)で被相続人に支給せられるべきであつたものが被相続人の死亡のためその相続人その他の者に支給された場合におけるその退職金等」と規定せられているところ、本件退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円は、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の被相続人である訴外亡川西清兵衛に対し訴外日本毛織株式会社から支給せられるべきであつたものが、当時右訴外人死亡のためその相続人である原告川西ふさ、同川西清司及び訴外川西竜三に支給されたものであるから、同法第四条第一項第四号にいわゆる退職手当金に該当する。

被告は、相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号は死亡退職の場合の規定であつて生前退職の場合には適用がない旨主張するが、法文は死亡退職の場合にのみ限定せられていない。同条は退職金として被相続人に支給すべきであるが、支給時において本人が死亡したため相続人に支給せられた退職金について限定せられたもの、すなわち死亡は退職の原因ではなく支給をうけ得られない理由であつて、被告の如く狭義に解すべきでない。

被告は、また、相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号が死亡退職の場合に限らないとしても、同条は相続開始後五年以内に退職金額の支給及びその額が決定したものに限る旨主張するが、退職金として会社が支給したものに相続財産として相続税を課すると規定せられているものが会計法第三〇条の規定によつて時効により相続税を課する権利が消滅したからといつて、直ちにその会社が支給した退職金の性質が会社より退職者の相続人に対する贈与に変ると解すること自体に理論上の誤りがある。もし被告主張の如く解するならば会計法第三〇条が消滅時効を定めた精神が没却せられることになる。ただ賦課の面において被告主張の如き徴収の困難さ、不可能さはありえようが、それは法律の不備であつてやむをえないところである。

(2) 仮りに相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号が被告の主張するごとく死亡退職の場合にのみに限ると解しても、本件退職金は右規定にかかわらず相続税の対象となるものである。

本件退職金の如く退職後死亡し、死亡後退職金の支給があつた場合においては、被相続人である訴外亡川西清兵衛の死亡前の所得(退職所得)として所得税の課税の対象となるべきであつて、相続人である原告川西ふさ、同川西清司及び訴外川西竜三の相続財産としては、被相続人に退職金の請求権があつたものとしてその請求権に対し相続税を課税すべきである。

被告は、本件退職金が相続税の対象となるためには退職当時支給が確定していなければならない旨主張するが、被告の右主張は過去及び現在施行せられている取扱、通達に著しく反する。すなわち、相続税取扱通達(昭和二五年一二月一一日直資一―一八六国税庁長官―国税局長)第一八には「相続税法第三条第一項第二号の規定による被相続人に支給せらるべきであつたかどうかは、社会通念上定められるべきものである。従つて被相続人の死亡によつてその遺族に支給せられる一時扶助料等はこれに該当するが、香典、花輪代等はこれに該当しないものとする。但し、香典、花輪代等の名義であつても事実上退職手当金、功労金等の性質を有すると認められるものについては、その名義の如何にかかわらず、香典、花輪代等に相当する金額をこえる部分の金額は、退職手当金等に該当するものとして取り扱う。」と規定し、相続税法基本通達昭和三二年三月一日直資二二(例規)第一五条には「香典、花輪代、葬祭料等は相続税法第三条第一項第二号に規定する被相続人に支給せられるべきであつた退職手当金、功労金その他これに準ずる給与に該当しないものとする。但し香典、花輪代、葬祭料等の名義であつても、事実上退職手当金、功労金等の性質を有すると認められるものは退職手当金、功労金等に該当するものとして取扱うものとする。」と規定し、同第一九条には「被相続人が受けるべきであつた賞与の額が被相続人死亡後確定したものについては本来の相続財産に属するものであるから留意する。」と規定する。右通達によつても、退職時は勿論、死亡時において退職金の支給の有無及び額が決定しないで後日決定したものを相続財産として取扱つている。

(3) 被告は、本件退職金は原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に支給された一時所得であると主張するのであるが、被告の右主張がいかに不当、不合理であるかは次の事情によつても明らかである。すなわち、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に支給された本件退職金が一時所得として課税せられるべき性質のものであれば、これを支給した訴外日本毛織株式会社に対しその支出を利益処分として課税すべきであるのに、訴外神戸税務署長は大阪国税局調査の上右訴外会社に対し同会社が昭和二七年六月より同年一一月までの期間の決算において経費として処理していることを承認している。また、同じく訴外日本毛織株式会社の取締役であつた訴外亡小曾根貞松は昭和二一年三月右訴外会社を退職し、昭和二六年四月死亡したが、右訴外人に対する退職金も訴外亡川西清兵衛に対する分と同じく昭和二七年一月の株主総会ならびに同年一一月二八日の取締役会において金八〇〇、〇〇〇円と決定しているものであるところ、訴外須磨税務署長は訴外亡小曾根貞松の遺族に対する一時所得として課税することなく相続財産として課税している。

(二)  仮りに本件退職金が原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に対する一時所得であるとしても、本件各更正処分は課税年度を誤つた違法がある。

(1) 本件退職金の額確定の時期は昭和二七年一一月二八日であるから、昭和二七年度の一時所得として課税をなすべきである。

本件退職金は、昭和二七年一月開催された訴外日本毛織株式会社の定時株主総会で退職金贈呈の件を取締役会に一任すると決議され、昭和二七年一一月二八日開催された右訴外会社の取締役会で訴外亡川西清兵衛に対する退職金として金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することが決議され、右訴外会社代表取締役太田威彦が同年一一月三〇日か同年一二月一日原告川西清司に、同年一二月一日か同月二日原告川西ふさ及び訴外亡川西竜三にそれぞれ口頭で右決議の結果を通知し、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三は直ちに受諾の意思表示をなしたものであるから、その権利確定の時期は昭和二七年一一月二八日である。このことは所得税基本通達第二〇〇号第二項において「会社重役等の退職所得で当該会社の定款その他の定により株主総会等の決議を要するものについは、その決議のあつた時による。」とあるところよりみても明らかである。

被告は、訴外日本毛織株式会社より訴外亡川西清兵衛に対する退職慰労金名義で原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に支給することになつた金四五、〇〇〇、〇〇〇円の支給確定の時期が昭和二八年二月であると主張して、(イ)本件退職金請求権は富裕税の対象となる財産であるところ、富裕税法は昭和二八年以降廃止の運命にあり、昭和二八年に確定されれば富裕税は課税されないこと、(ロ)被告川西清司は昭和三年一二月訴外日本毛織株式会社の取締役に就任して以来、常務取締役、専務取締、社長等を歴任し、昭和二一年四月退職し、訴外亡川西清兵衛の退職慰労金の支給が会社の株主総会で決議され、その後取締役会で支給金額が決定されたのと同時に、原告川西清司の退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の支給も決定され、右の二種の退職慰労金の支給は、その支給者、支給の決定の時期、支給先が同一であるから、その一方を知れば他も同時に知る筈のところ、原告川西清司は、自己の退職慰労金受領後にこれに対する課税上の取扱について大阪国税局の担当係官に口頭及び文書をもつて陳情しているが、その際自己の退職金の支給決定を初めて知つたのは昭和二八年二月八日であり、これを同月二八日に受領したもので昭和二七年に確定したものでないと強く主張していること、(ハ)原告川西清司が昭和二七年一二月一七日訴外日本毛織株式会社より二、〇〇〇、〇〇〇円を借り入れ、翌二八年二月二一日右退職金と相殺し残額を受領しているが、昭和二七年中に退職金の支給が確定していればこれを受領すれば足り、あえて借入する必要がないこと等を指摘するのであるが、(イ)の事実については、原告川西清司は自己の金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の退職所得について昭和二七年度分の所得税として金五、二四八、七五〇円を納税済であり、右退職金受給債権を加算して昭和二七年分の富裕税として金四〇一、七二九円を納税済であるから、被告主張の如く昭和二八年中に確定される方が富裕税の関係において有利であつて原告等が昭和二八年二月に退職金支給を確定させた事実はない。(ロ)の事実については、前段の事実は認めるが、後段の事実は争う。原告川西清司の退職金と本件四五、〇〇〇、〇〇〇円の退職金は被告も主張する如く支給者、支給時期、支給先(但し相続により)も同一であり、その一を知れば他方も同時に知る筈のものである関係上、原告川西清司の分につき昭和二七年中に確定し納税している以上本件退職金も昭和二七年一二月に確定しているものである。(ハ)の事実については、原告川西清司が訴外日本毛織株式会社から被告の主張するとおり金二、〇〇〇、〇〇〇円を借入れたことは認めるが、右は原告川西清司と右訴外会社との関係において、そのように処理したにすぎない。

被告は、また、本件各更正処分後審査請求に至るまで、原告等が本件一時所得の帰属年分が昭和二八年であることに関し明らかに争わなかつたのにもかかわらず、昭和二七年分所得税の消滅時効完成後において、所得の帰属年度分を争うことは信義上許されないと主張するが、暴論も甚しい。本件紛争は須磨税務署において更正決定をなしたことに起因するものであつて、その主張は自ら帰属年度を誤つておきながら、国民がその主張をなす時期の遅きを理由に自己の非を蔽わんとするものである。更正決定に当つては当該担当局はこれを精査し過誤なきを期すべきにかかわらずこれを怠つたのである。被告は、原告川西清司がその退職金に対する課税上の問題について乙第一号証の二を提出したと主張するが、原告川西清司が自ら乙第一号証の二を提出したことはない。ただその関係者が事実を知らずに書面を作成し提出したもののようであるが、仮りに法律上原告川西清司が提出したと同様の効力があつたとしても、大阪国税局長において、その書面に記載したことを承認せられたであろうか。大阪国税局長はこれを承認せず、原告川西清司の退職金について、これを昭和二七年中の所得として認定せられたのである。その結果原告川西清司は自己の退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円に対し昭和二七年分の退職所得としての所得税及び富裕税を納税したのである。その納税の基礎となつている修正申告書が乙第二号証の二であるが、右修正申告書は原告川西清司自身が承認し捺印しているものであつて、これが大阪国税局に受付けられているのが昭和三一年三月一四日である。ところで須磨税務署長が本件各更正処分をなしたのは昭和三一年一二月一七日附であるが、富裕税、所得税の課税交渉中において原告川西清司側の何人かが乙第一号証の二を提出しているとすると、それは昭和二七年中の所得とすることに昭和三一年三月一四日に確定したのであるから、この確定した事実に基いて本件各更正処分をなすべきであるのにこれをなさず、署名捺印もないしかも折衝中に提出された乙第一号証の二を根拠に本件更正処分をなしたことは粗漏も甚だしいといわねばならない。被告は申告納税の原則よりして納税者の誠実な協力を要すると主張しているが、原告川西清司は最終段階において右の如く修正申告をなし協力しているのであるから、これに基いて本件の更正決定もなすべきである。被告は、原告等が昭和三三年三月一七日の本件口頭弁論期日において所属年分の相違を初めて主張しているとも非難するが、審査請求において主張しなかつたことは後日主張できないということはなく、訴訟においては口頭弁論終結時まで主張することが自由である。ひつきよう被告の主張は右の如く須磨税務署長が帰属年分を誤つて本件各更正処分をなしたその非を蔽わんとするものにほかならない。

(2) 本件退職金が現実に原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子に交付されたのは、昭和三一年一二月七日であるから、昭和三一年度の一時所得として課税すべきである。

本件退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円は、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人である原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子が昭和三一年一二月七日訴外日本毛織株式会社から現実に交付をうけたものであるから、その権利確定の時期は昭和三一年一二月七日である。このことは、所得税取扱通達第二〇三号に「一時所得については、権利の確定する時期はその収入を受けた時による。」とあるところより明らかである。

(被告の答弁及び主張)

一、請求原因第一項(一)(二)(三)の各事実はすべて認める。

二、(一) 請求原因第二項(一)の事実中、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の被相続人である訴外亡川西清兵衛が明治二九年一二月訴外日本毛織株式会社創立以来取締役社長及び会長として就任していたが、昭和二二年七月右会社を退職し、同年一一月一九日死亡したこと、訴外亡川西清兵衛死亡当時は右訴外会社が戦後不況の真最中であつたのと、昭和二一年六月制限会社に指定され、さらに同年一二月持株会社に指定せられて一定の行為を禁止、制限せられたため、右訴外人に対する退職金の支出が実現するに至らなかつたこと、昭和二七年一月開催された右訴外会社の定時株主総会において、右訴外人の役員としての多年の著大な功績に応えるため、右訴外人に対する退職金贈呈の件を取締役会に一任すると決議され、昭和二七年一一月二八日開催された取締役会が右訴外人に対する退職慰労金名義で金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することを決議したこと、及び原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人である原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子が昭和三一年一二月七日前記退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円を前記訴外会社から受領したことは認められるが、右訴外会社の代表取締役太田威彦が昭和二七年一一月三〇日か同年一二月一日原告川西清司に、同年一二月一日か同月二日原告川西ふさ及び訴外亡川西竜三に前記取締役会の決議の結果を通知し、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三が直ちに受諾の意思表示をなしたことは否認する。本件退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円は、訴外日本毛織株式会社が訴外亡川西清兵衛の多年の功労に酬ゆるため、その遺族である原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に対し、右訴外人死亡後数年以上を経た昭和二七年に至り前記のように株主総会及び取締役会の議を経て退職慰労金名義で合計金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することとし、昭和二八年二月頃その旨を通知し、右原告等三名は受領を受諾する意思表示をなしたものである。

(二) 請求原因第二項(二)の事実中、訴外亡川西清兵衛の退職金として支給したとする原告等の主張を除き他はすべて認める。訴外亡川西清兵衛は、昭和二二年七月訴外日本毛織株式会社を退職し、その後間もなく死亡したものであるが、同会社は同人の多年の功労に酬ゆるためその遺族たる原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の三名に対し同人の死亡後数年以上を経た昭和二七年に至り株主総会及び取締役会の議を経て退職慰労金名義で合計金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することとし、昭和二八年二月頃その旨を通知し、右原告等三名は受領受諾の意思表示をなし、ここに右金員の支給が確定した。ところで前記の給付は、訴外亡川西清兵衛の生存中にはその金額はもとより支給自体すら確定していなかつたものであり、前記原告等三名の遺族が会社から支給の通知をうけ、これの受領を受諾する意思が表示されて初めて権利として確定し、これを請求権として取得したものであつて、しかもかかる権利の取得はそれが一時的なもので、かつその発生原因が営利を目的とする継続的行為から生じたものでもなく、また労務その他の対価たる性質も有しないから、まさに所得税法第九条第一項第九号にいわゆる一時所得に該当するものといわなければならない。そこで、訴外須磨税務署長は原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年度分所得税について、それぞれその申告所得金額に各金七、四二五、〇〇〇円の一時所得を加算して本件各更正処分をなし、被告はこれを維持して本件各審査決定をなした次第である。

三、従つて、訴外須磨税務署長が原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年度分所得税について、それぞれ同年度に金七、四二五、〇〇〇円の一時所得ありとなした本件各更正処分は適法であり、これを認容した被告の本件各審査決定も適法であつて、原告等が主張するような違法は全く存在しない。

(一)  原告等は、訴外日本毛織株式会社が訴外亡川西清兵衛の退職金として支給した金四五、〇〇〇、〇〇〇円は原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続財産に属するものであつて、所得税法第六条第一項第一二号(当時七号)の規定により同法第九号第一項第九号の一時所得に該当しないものであるから、これを同法第九条第一項第九号の一時所得に該当するものとしてなした本件各更正処分は違法であると主張するが、本件退職慰労金は相続税の課税の対象となるものではない。すなわち、元来所得税法の課税物件たる所得の概念は単に資産、営業または勤労等の所得の源泉から反覆して発生する収入だけに止まらず、相続、遺贈または贈与などのような一時的の財産の増加をも含むものである。しかしながら或る特定の一時的な収入のうちで、相続、遺贈または個人からの贈与(相続税法の規定により相続、遺贈または個人からの贈与に因り取得したものとみなされるものを含む)等は別途に相続税が課税されるので二重課税を避けるために所得税法は特にこれを非課税所得と定めている(所得税法第六条第一項第一二号)。従つて個人の一時的な収入は相続税が課税されない場合には、所得税法上別段の非課税事由がない限りは、これに所得税が課せられるのである。ところで原告川西ふさ外二名が日本毛織株式会社から支給せられた前記退職慰労金は、訴外亡川西清兵衛の生存中にはその支給が確定していないのであるから、同人の会社に対する請求権(債権)として相続及び遺贈の対象となる財産ではなく、原告川西ふさ外二名はこれを相続により取得したものといえないことは勿論である。

(1) 原告等は、本件退職金は、訴外亡川西清兵衛が死亡し、相続が開始された当時施行された相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号(現行相続税法第三条第一項第二号に相当する)の退職手当金に該当するから、相続財産とみなされると主張する。

しかしながら、相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号の規定は、被相続人が死亡により退職した場合に、相続人その他の者が被相続人に支給されるべきであつた退職手当金、功労金その他これに準ずる給与の支給を受けた場合においてその支給をうけた者は相続人は相続により、相続人以外の者は遺贈によりその給与金を取得したものとみなされる規定であつて、いわゆる死亡退職の場合に関する規定である。このような規定がもうけられた趣旨は、相続とか遺贈のような人の死を直接の契機とする無償の財産の承継と経済的に実質を同じくする財産の取得に対し相続税を課することを目的とするものであるから、同号の規定に該当するためには、相続や遺贈による財産の承継の場合と同様にその財産の取得が被相続人の死亡のときから効力を生ずる場合でなければならない。けだし相続開始のときに財産を承継する場合と、相続開始の後に相当の時日が経過した後に何らかの理由で初めて財産の取得が確定した場合ではその経済的機能が異るからである。前記規定が死亡退職の場合に限られることは、現行相続税法第三条第一項の一、三ないし六号の各規定と対比すればたやすく首肯せられるであろう。すなわち、同一号は被相続人の死亡を保険事故とし、相続人その他の者を保険金受取人とする生命保険契約による保険金取得の場合を規定し、同三号は相続開始の時においてまだ保険事故が発生していない生命保険契約(一定期間内に保険事故が発生していなかつた場合において返還金その他これに準ずるものの支払がない生命保険契約を除く)における当該生命保険契約に関する権利の取得の場合を規定し、同四号は相続開始の時において給付事由が未発生の定期金給付契約に関する権利の取得の場合を規定し、同五号は定期金の給付をうけている者が死亡したことによつて遺族その他の者が継続して当該定期金の受取人となつた場合について規定し、同六号は被相続人の死亡により恩給法の規定による扶助料に関する権利等を取得した場合を規定し、いずれも被相続人の死亡を直接の契機とし相続人または相続人以外の者が被相続人の死亡の時に相続財産以外の財産権を取得した場合を予定し、これを相続または遺贈により取得したものとみなすことを定めているのであつて、従つて同項二号も同様の場合を予定して規定されているものと解さなければ立法の趣旨に副わず、また合理性を欠くこととなる。なお、相続税法施行規則も前記第二号の規定が死亡退職の場合に限られるものとの前提のもとに規定されているものと解さざるをえない。すなわち、相続税法第五九条第一項第二号によれば、法第三条第一項第二号に規定する退職手当金の給与を支給した者は、大蔵省令で定める様式に従つた調書を所轄税務署長に提出しなければならないが、右の省令たる相続税法施行規則第二条に定める調書(第二号書式)は、「受給者と死亡に因る退職者との続柄」欄、「死亡に因る退職者の住所氏名」欄があり、同調書が死亡退職者に関する退職手当金等の支払の場合の調書としての様式を具えていることは一見して明瞭である。

仮りに相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号が、原告等主張のように死亡退職の場合のみに限られるものではなく、退職後に死亡して相続が開始し、しかる後に支給及びその額が確定した場合も含めて規定しているものと解すべきであるとしても、同規定は相続開始後五年以上を経過した後において支給の確定したような場合をも予想しているものではない。すなわち、相続税法は、終戦後数度にわたり改正されたが、その前後を通じ一貫して、法施行地に住所を有する個人が相続により財産を取得した場合には、その者が相続に因り取得した財産の全部に対し相続税を課すこととし、課税価格は財産の価格の合計額としており、一個の相続については、相続開始の属する年分の相続税が課せられ、年分を異にし数度にわたり課税されることはない。日本毛織株式会社よりの本件給付金が相続財産とみなされるのであれば、これを相続開始(訴外亡川西清兵衛が死亡した昭和二二年一一月一九日)に取得した本来の相続財産と価格を合算し、当時施行の相続税法により、昭和二二年分相続税として課税されるべきである(昭和二五年三月三一日法律第七三号相続税法附則5参照)。ところで当時の相続税法によれば、相続税について納税義務がある者は、相続開始後四箇月以内に申告書を政府に提出しなければならないが、申告書提出期限後に、退職手当金等の支給が確定した場合には、さきの申告の修正申告をなすべきである(同法第四〇条、現行法第三一条)。もしこの場合に修正申告書の提出のない場合には、所轄税務署長においてこれを更正することとなる(同法第四五条、現行法第三五条)。しかしながら当該の相続税の納税義務(抽象的租税債務)が時効により消滅した後においては、相続人には申告(修正申告も含む)義務はなく、また政府において課税決定または更正は許されない。すなわち、相続の開始時より公法上の金銭債務の消滅時効期間たる五年を経過した場合には、もはや相続税の納税義務は消滅するものと考える。このように納税義務が消滅した以後において、前記退職金等の支給が確定した場合においては、もはや相続税は課せられるべきではないのである。言いかえれば、前記相続税法第四条第一項第四号において、相続財産とみなされる限界は、相続税の納税義務の存在する限りにおいて支給の確定した場合のみこれを相続財産として取扱うものである。従つて本件の給付金は、原告等の相続開始後五年以上を経過して始めてその支給が確定したものであるから、仮りに原告等主張のように前記法条を解するとしても、相続税法の課税対象とはならないものである。

(2) 原告等は、仮りに相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号が死亡退職の場合に限ると解しても、本件退職金は右規定にかかわらず相続税の対象となると主張する。

しかし、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三が訴外日本毛織株式会社から給せられた本件退職慰労金は、訴外亡川西清兵衛の生存中にはその支給が確定していないのであるから、同人の会社に対する請求権(債権)として相続及び遺贈の対象となる財産ではなく、原告川西ふさ外二名はこれを相続により取得したものでないことは、既に述べたとおりである。会社の退職役員に給付せられる金員の性質及びその支給確定の時期の如何によつて、税法上の課税の取扱は異るのである。或る会社において、役員が退職した場合には、一定額の金員を退職金として給付することが予め定められている場合には、退職と同時に退職者は自ら退職金債権を取得し、その権利は確定するから、これに対しては退職所得として所得税法第九条第一項第六号により課税の対象となり、さらに同人が該金員を受領せずに死亡すればその相続人について右請求権は相続財産として相続税が課されようし、また役員に対して死亡退職金を支給する定めのある会社で、役員が死亡退職した場合には相続税のいわゆるみなし相続の規定により相続税が課せられることにならうが、これに反し、役員に対しあらかじめ退職金を給付する定めのない会社にあつては、如何に多年の功績が著大であつても、退職したことの一事を以てしては、直ちに退職役員にとつては会社に対する退職金請求権が確定したものとはいいえまいと考える。

原告等は、退職当時は勿論死亡時において支給の有無及び額が決定していないで後日決定したものを相続財産に取扱つているとして国税庁長官通達を援用しているが、右通達は原告等主張のような趣旨に解すべきものでない。すなわち、相続税取扱通達(昭和二五年一二月一一日直資一―一八六)第一八及び相続税法基本通達(昭和三二年三月一日直資二二)第一五条は、いずれも死亡退職の場合について定めているものである。このことは通達が、香典、花輪代、またはその名義によつて支給せられる金員を問題としたことからいつて自明のことであり、また「被相続人の死亡によつてその遺族に支給される一時扶助料等はこれに該当する」と規定していることからも明らかである。また前記相続税法基本通達第一九条は、賞与の支給されることが、生存中(退職当時)に決定していたがその額が未定であつて、死亡後に確定した場合について規定したものである。「被相続人が受けるべきであつた賞与の額が」未定であつても、支給が生前に確定しておれば本来の相続財産に該当するものであるとし、いわゆるみなし相続の問題でないことを注意的に規定したものにすぎない。以上のように右各通達は、被相続人の死亡に因り香典、花輪代、葬祭料またはその名義で死亡時に支給された金員についての取扱、あるいはその額が具体的に確定していなくても支給されることが決定していたものについて、これを相続財産とするか、みなし相続財産とするかの規定であつて、原告主張のような解釈を国税庁が採用して通達したものでない。

(3) 原告等は、訴外神戸税務署長が訴外日本毛織株式会社において本件退職慰労金を経費処理していることを是認したこと、訴外須磨税務署長が本件退職慰労金と同一案件に属する訴外亡小曾根貞松に対する退職金についてその遺族に対する一時所得として課税することなく相続財産として課税していることを指摘して本件各更正処分が不当、不合理であると主張するが、前者については、法人に対する課税において何を損金とすべきかまたは損金に算入しないかは、法人税法によつて定むべきであつて、被告は、訴外日本毛織株式会社の支出にすることとした右金員は法人税法上同会社の利益処分と認ることは相当でないものとの見地から、これを損金に算入することを容認したにすぎず、右金員が会社にとつて損金であると否とは、これが給付をうけた原告等の所得の性格を左右するものではなく、後者については、本件は原告等に対する課税処分の適法違法を決すれば足り、第三者との比較によつて違法原因が生ずる筋合いではないが、念のため附言すると、訴外亡小曾根貞松に支給せられた八〇〇、〇〇〇円については、同人の相続人より昭和二九年二月二七日訴外須磨税務署長に対し右金員を加算した相続税の修正申告書を提出したにとどまるものであつて、税務署長より右金員の受領を理由に相続税の更正決定をなしたものではなく、相続税の課税処分をなしたという原告等の主張は事実に反するものである。

(二)  原告等は、本件退職金が仮りに原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の一時所得であるとしても、本件各更正処分には課税年度を誤つた違法があると主張するが、右主張が理由のないものであることは次に述べるとおりである。すなわち

(1) 原告等は、まず、本件退職金の額確定の時期は昭和二七年一一月二八日であるから、昭和二七年度分の一時所得として課税をなすべきであると主張する。

しかし、所得をどの年度に帰属させるかについて、税法上では権利確定主義がとられてきているが、本件退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円について、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三がこれを請求権として取得するためには、これの受領を承諾する意思が表示されて初めて権利として確定するものであるところ、その承諾は昭和二八年二月であつた。もつとも右原告等三名は訴外日本毛織株式会社とは関係の浅からぬ者であり、支給される金額も大金のことであるから、同会社の取締役会で支給額が決定されたことは、あるいは昭和二七年中に事実上情報を得ていたかも知れないが、遺族の間では必ずしもこれを受諾するかどうか意見の一致をみず、右原告等三名は昭和二八年二月に至り初めて前記金員の給付につき会社から正式の通知をうけ、これを承諾したのである。すなわち、(イ)該請求権は富裕税の対象となる財産であるところ、富裕税法は昭和二八年以降廃止の運命にあつたから、昭和二八年に確定されれば富裕税は課税されず、さらに原告等はその主張のように該金員には相続税が適用されるものと考えていたが、相続税として課税されるのであれば、相続の開始時(昭和二二年一一月)より五年以上を経過して確定させれば相続税の納税義務は消滅時効の完成後であるから、相続税の更正決定をうける虞がないところから、本件退職金を請求権として昭和二七年中に確定させるよりは、昭和二八年中に確定させる方が納税上有利であつたこと、(ロ)原告川西清司は昭和三年一二月二日訴外日本毛織株式会社の取締役に就任して以来、常務取締役、専務取締役、社長等を歴任し、昭和二一年四月に退職したのであるが、訴外川西清兵衛の退職慰労金の支給が会社の株主総会で決議され、その後取締役会で支給金額が決定されたのと同時に、原告川西清司の退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の支給も決定され、右の二種の退職慰労金の支給は、その支給者、支給決定の時期、支給先が同一であるから、その一方を知れば他方も同時に知る筈であるところ、原告川西清司は、自己の退職慰労金受領後に、これに対する課税上の取扱について大阪国税局の担当係官に口頭及び文書を以て陳情しているが、その際自己の退職金の支給決定を初めて知つたのは昭和二八年二月八日でありこれを同月二八日に受領したもので昭和二七年に確定したものでないと強く主張していること、(ハ)原告川西清司は、昭和二七年一二月一七日前記会社より金二、〇〇〇、〇〇〇円を借り入れ翌二八年二月二一日右退職金と相殺し残額を受領しているが、昭和二七年中に退職金の支給が確定していれば、これを受領すれば足り、あえて借入する必要がない筈であること、以上の事実に徴するときは、原告川西ふさ外二名が本件退職金について受領受諾の意思表示をしたのは昭和二八年二月であることが明白である。なお、原告川西清司及び訴外亡川西竜三が昭和二七年分の富裕税の申告書にも本件退職慰労金請求権を財産として申告していないことからも、これが支給が確定していなかつたものということができる。

原告等は、本件退職金が原告川西ふさ外二名の権利として確定した時期は、その支給について訴外日本毛織株式会社の取締役会が決議した昭和二七年一一月二八日であるとして、所得税基本通達第二〇〇号第二項を援用するのであるが、右規定は退職所得についての権利確定時期を定めたものであり、原則として退職の時、会社重役等の退職所得で当該会社の定款その他の定めにより株主総会等の決議を要するものについては、その決議のあつたときによるべきことを規定したものである。しかしながら、本件の場合は訴外亡川西清兵衛の退職所得として課税したものではないから、該規定が直接はたらくものではない。訴外会社には、同人の退職時には会社役員についての退職金制度はなく、定款その他にも何らこれに触れるところがなく、当時会社としては支給する意思はなかつたのであり、同人の死亡後五年を経て始めて原告等に支給せられることとなつたものであつて、原告等に対する一時所得として課税すべきものであるから、右通達の趣旨にかかわらず権利の確定時期を定むべきものである。

原告等は、本件各更正処分後審査請求に至るまで本件一時所得の帰属年度分が昭和二八年であることに関しては明らかに争わなかつたものであり、本件訴状請求原因においても、帰属年分を誤つたことを違法の理由とはしておられないのである。原告等が本件金員の支給を知つたのは昭和二七年一二月であると最初に主張せられるに至つたのは、昭和三三年三月一七日の口頭弁論期日においてであり、これは昭和二七年分所得税の消滅時効完成後(同年分の確定申告期限は昭和二八年三月一六日であるから、時効完成は昭和三三年二月末日)であつて、もはや被告において原告等の主張に従い本件一時所得を昭和二七年分として更正することができないところ、このような経緯のもとにこのような時期に至つて所得の帰属年分を争うことは信義則上許されないものと考える。原告川西清司は、訴外日本毛織株式会社が退職金を支給することを知つた後、これに対する課税上の取扱につき被告大阪国税局長の担当係官に照回してきた。その結果これを何年分として課税すべきかが問題となつたのであるが、その際同原告は右の支給の確定が昭和二八年二月である旨強く主張し、その理由を詳細に記載した文書(乙第一号証の二)を提出した税務署長が更正決定をおこなう場合には、課税年分の判定についても、もとより税務当局の判定調査に委ねらるべきものであるが、その調査資料は納税者側の誠実な協力によつて獲得せられなければならないことは勿論である。ただし現行所得税法は原則として納税者の申告にかからしめているが、これは納税者の誠実性を期待しているからにほかならない。このことは単に申告に際する場合に要請せられるばかりではなく、課税上の税務当局調査に際する納税者の態度についても同様でなければならない。従つて信義則は単に私法上の取引のみに止まらず、租税法上にあつてもこの原則を容れる余地があると考える。本件各更正に際しては、訴外亡川西清兵衛に対する給付も原告川西清司の退職金支給の確定時期と同様な関係にあり、これについての原告側の主張は前記のとおりであり、また原告等よりの本件各更正処分に対する審査請求に際しても、その帰属年分が昭和二八年であることは明らかに争つていない。本訴においても当初はこれを争つていないのである。もしも原告等主張のように本件金員の支給が確定したのが昭和二七年であるとするならば、本件各更正処分は、原告等が更正に際しあえて事実と反する主張をなしたためにその認定を誤らしめたこととなる。しかもこの違法は、審査請求の当時、原告等が不服の理由に附加しさえすれば当然是正が期待でき得た筈であるにかかわらず、一言もこれに触れていない。原告等は、遂に昭和二七年分所得税の更正が許されなくなつた時期をまち、その直後においてその帰属年分を昭和二七年であると主張せられ、しかるが故に本件課税処分は違法であるといわれるのである。よつて、原告等のこの点に関する主張は信義則上違法の理由として主張することを許されない。

(2) 原告等は、次に、本件退職金が現実に原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子に交付されたのは、昭和三一年一二月七日であるから、昭和三一年度分の一時所得として課税すべきであると主張する。

しかしながら、所得をどの年度に帰属させるかについて、税法上では権利確定主義がとられているところ、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三が訴外日本毛織株式会社に対し、はつきりと本件給付金を取得することを受諾し、その契約が法律上の効力を生じたのは昭和二八年二月であり、その頃右原告等の権利が確定したと認めるべきであるから、本件一時所得が昭和二八年度の右原告等の所得に帰属すべきことは既に述べたとおりである。原告等が挙示する所得税取扱通達第二〇三号は、競馬の馬券の払戻金、懸賞の賞金、福引の当せん金品等を指称しているものであつて、本件に適切なものでない。

(証拠関係一、二省略)

三、当裁判所は職権を以て証人生駒与三郎、原告川西清司を各尋問した。

理由

一、請求原因第一項(一)(二)(三)の各事実及び同第二項(二)の事実中、訴外亡川西清兵衛の退職金として支給したとする原告等の主張を除きその余の事実はいずれも当事者間に争がない。よつて原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年度分の所得税について、それぞれ同年度に金七、四二五、〇〇〇円の一時所得ありとしてなした訴外須磨税務署長の本件各更正処分及び被告の本件各審査決定についてその当否を以下検討する。

二、(一)、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の三名の被相続人である訴外亡川西清兵衛が明治二九年一二月訴外日本毛織株式会社創立以来取締役社長及び会長として就任していたが、昭和二二年七月右会社を退職し、同年一一月一九日死亡したこと、訴外亡川西清兵衛死亡当時は右訴外会社が戦後不況の真最中であつたのと、昭和二一年六月制限会社に指定され、さらに同年一二月持株会社に指定せられて一定の行為を制限、禁止せられたため、右訴外人に対する退職金の支給が実現するに至らなかつたこと、昭和二七年一月開催された右訴外会社の定時株主総会において、右訴外人の役員としての多年の著大な功績に応えるため、右訴外人に対する退職金贈呈の件を取締役会に一任すると決議され、昭和二七年一一月二八日開催された右訴外会社の取締役会が右訴外人に対する退職慰労金名義で金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することを決議したこと、ならびに原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人である原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子が昭和三一年一二月七日前記退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円を前記訴外会社から受領したことはいずれも当事者間に争がない。ところで、被告は、前記退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円について訴外亡川西清兵衛の相続人である原告川西ふさ、同川西清司、及び訴外亡川西竜三の三名がその受領受諾の意思表示をなしたのは昭和二八年二月頃であると主張するに対し、原告等は、右原告等三名が前記訴外会社代表取締役太田威彦から支給の通知をうけたのは昭和二七年一二月一日頃であつて、直ちに受領受諾の意思表示をしたと主張するので検討するに、原告川西清司は昭和三年一二月訴外日本毛織株式会社の取締役に就任して以来、常務取締役、専務取締役、社長等に歴任し、昭和二一年四月に退職したのであるが、訴外亡川西清兵衛の退職慰労金の支給が会社の株主総会で決議され、その後取締役会で支給金額が決定されたのと同時に、原告川西清司の退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円の支給も決定されたことは当時者間に争がなく、右の二種の退職慰労金の支給はその支給者、支給決定の時期、支給先が同一であるからその一方を知れば他方も同時に知りうる関係にあるところ、成立に争のない乙第一号証の二、証人生駒与三郎、同土井乙已、同大山隆正の各証言によれば、昭和二四年六月から現在まで原告等川西家の財産管理を主宰してきた訴外生駒与三郎は、原告川西清司の前記退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円に対する所得税及び富裕税の課税上の取扱について、昭和二八年五月頃大阪国税局に対し、

(前略)五、前項に依つて川西清司に支給される金額は二〇、〇〇〇、〇〇〇円であるが、日本毛織株式会社は右取締役会の決議を基礎とし、その合計額を同年一一月三〇日締切の決算上損金に計上し、昭和二八年一月の定時株主総会の議決後たる昭和二八年二月八日右の金額を知つたのである。川西清司は一応は辞退したが諸事情考察の上之を受諾し昭和二八年二月二一日右退職金の支払を受けた。六、右の如く川西清司が受けた退職金は昭和二七年中に確定したもので無いから之に関して所得税並に富裕税に何等の申告をしなかつた処、貴庁は右退職所得を昭和二七年分所得確定申告に申告を又昭和二七年分富裕税の課税価格に該退職金の「受給権」を追加申告をなすべき旨を指示されたが左記の理由によつて不当と確信するものである。(一)本件退職所得を昭和二七年分所得に申告すべしとする根拠は所得税に関する国税庁基本通達第二〇〇号第二項に存するものと信ずる。

即ち本件退職金は昭和二七年一月の株主総会の決議及び之に伴う取締役会の決議が昭和二七年一一月になされて居るから同通達の「会社重役等の退職所得で当該会社の定款その他の定により株主総会等の決議を要するものについてはその決議のあつた時により」権利が確定するとの解釈に因るものの如くである。然しこの通達は所得上の取扱を指示したものとしては全く法理を無視したものであると言はねばならない。(中略)故に法律的に観るとき本件退職金に対する「受給権」は受領者において受諾するまでにはあり得ないと言はねばならない。(中略)(ロ)右の一任された取締役会がいつ開会されたか第三者たる退職者は窺い知ることは出来なかつた。之は取締役会は公開された会社の決議機関で無いから当然のことで昭和二八年一月以降において昭和二七年一一月二八日決議されたことを知つたのである。即ち昭和二八年一月第一〇〇回定時株主総会終了後の昭和二八年二月八日会社から退職金贈呈の意思表示があり、始めて贈呈される金額等について了承した次第で畢竟会社においては昭和二七年一一月二八日取締役会の決議に基き退職金支出見込金額を一一月末日決算に未払金として損金に計上し二月八日退職金支出を表明したものの如くで之等の行為は単に会社内部の関係に過ぎず、この会社の内部行為に属する措置を以て退職金受領の権利が確定したとするのは当らない(後略)」

と記載した書面(乙第一号証の二)を提出し、右書面と同趣旨の内容を大阪国税局担当係官に対し繰返し陳情していた事実が認められること、原告川西清司が昭和二七年一二月一七日訴外日本毛織株式会社から金二、〇〇〇、〇〇〇円を借入れたことは当事者間に争がなく、昭和二八年二月二一日前記退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円と相殺して残額を受領したことは原告等において明らかに争わないから自白したものとみなすべきところ、もし、昭和二七年中に退職金の支給が確定していれば、これを受領すれば足り、あえて右のように借入する必要がない筈であること、原告川西清司本人尋問の結果によれば訴外日本毛織株式会社から訴外亡川西清兵衛に対する退職慰労金名義で金四五、〇〇〇、〇〇〇円がその遺族である原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に支給されることを知つた原告川西清司及び訴外亡川西竜三の両名は、右金員を訴外亡川西清兵衛の記念事業に使用することとし、昭和二八年一月頃を初回として二、三回右訴外会社代表取締役太田威彦と連絡協議したが、金額の点から実現するに至らず、昭和三一年一二月七日、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人たる原告川西甫ほか三名が相続分に応じて分配受領した経緯が認められること、以上の事実に徴するときは本件退職慰労金に対する請求権は富裕税の対象となる財産であるところ、富裕税法は昭和二八年以降廃止の運命にあり、昭和二八年度中に確定されれば富裕税が課せられないところから、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の三名は、訴外亡川西清兵衛に対する本件退職慰労金四五、〇〇〇、〇〇〇円について、昭和二八年一、二月頃その受領受諾の意思表示をなしたものと認めるのが相当である。もつとも、証人太田威彦及び原告川西清司は、訴外日本毛織株式会社の代表取締役太田威彦が昭和二七年一一月二八日開催の取締役会において原告川西清司及び訴外亡川西清兵衛に対する退職慰労金支給の件が決議された旨を昭和二七年一二月一日頃原告川西清司に口頭で通知し、その翌日原告川西ふさ及び訴外亡川西竜三にも通知したと供述するが、前記認定の事実関係に対比するときは、右供述だけでは、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三が昭和二七年一二月一日頃その受領受諾の意思表示をなしたものと直ちに首肯しがたく、また証人生駒与三郎は、昭和二七年一二月上旬原告川西清司及び訴外亡川西竜三の両名から本件退職慰労金を受領することになつたと聞いたと思う、前記乙第一号証の二は、何か理屈がついたら課税されずに済むのではないかということから、事実に反して作成したものであると供述するが、右供述は措信しえないところであり、かかる供述が前記乙第一号証の二の証明力を減殺し、原告等の主張を肯認しうる資料となしえないことはいうまでもない。なお、原告等は、原告川西清司の退職慰労金二〇、〇〇〇、〇〇〇円について、昭和二七年度分の所得税及び富裕税として修正申告書(乙第二号証の二)を提出し納税しているのであるから、大阪国税局長は乙第一号証の二の記載内容を承認せず、昭和二七年度中の所得として認定しているものであり、本件四五、〇〇〇、〇〇〇円の退職金は、原告川西清司の退職金と支給者、支給時期、支給先も同一である関係上、原告川西清司の分について昭和二七年中に確定し納税している以上、本件退職金も昭和二七年一二月に確定しているものであると主張するのであるが、前記乙第一号証の二、成立に争のない乙第二号証の一、二、証人大山隆正、同土井乙已の各証言によれば、原告川西清司は、自己の退職慰労金について、その権利確定の時期は受領受諾の意思表示をなしたときであり、原告川西清司が受領受諾の意思表示をなしたのは昭和二八年二月頃であるから、昭和二七年度中に権利が確定したものでないとして、昭和二七年度分の所得税及び富裕税について前記退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を所得として加算することなく申告したが、大阪国税局担当係官は、所得税基本通達第二〇〇号第二項に照らし右退職金二〇、〇〇〇、〇〇〇円は取締役会の決議のあつた昭和二七年一一月二八日に権利が確定したものであるとして、これを昭和二七年度分の所得税及び富裕税について所得として加算すべきことを勧告したところ、原告川西清司は昭和三一年三月一四日大阪国税局担当係官の勧告の趣旨に応じて修正申告書(乙第二号証の二)を提出した経緯であることが認められるのであつて、原告川西清司が自己の退職慰労金について、その受領受諾の意思表示を昭和二七年一二月中になしたとして、昭和二七年度分の所得税及び富裕税に右退職所得を加算して修正申告書を提出し、納税したものではないのはもとより、大阪国税局長が受領受諾の意思表示が昭和二七年一二月中になされたことを是認し、ないしは乙第一号証の二の記載内容を承認せず、右退職所得を昭和二七年度の所得として認定したものでもない。

(二)、以上の認定の事実によれば、訴外亡川西清兵衛は、昭和二二年七月訴外日本毛織株式会社を退職し、同年一一月一九日死亡したのであるが、右訴外会社は右訴外人の多年の功労に酬ゆるためその遺族である原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の三名に対し、同人の死亡後数年以上を経た昭和二七年に至り株主総会及び取締役会の議を経て退職慰労金名義で合計四五、〇〇〇、〇〇〇円を支給することとし、右原告等三名に通知し、右原告等三名は昭和二八年一、二月頃その受領受諾の意思表示をなし、ここにおいて、右金員の支給が確定したものというべく、右金員の給付は、訴外亡川西清兵衛の存命中にはその金額はもとより支給自体も確定していなかつたのであるから、右原告等三名が会社から支給の通知をうけ、その受領受諾の意思表示がなされて初めて権利として確定し、これを請求権として取得したものというべきである。そして、右原告等三名が前記訴外会社に対して取得した金四五、〇〇〇、〇〇〇円の請求権は、一時的なものであり、かつ、その発生原因が営利を目的とする継続的行為から生じたものではなく、労務その他の役務の対価としての性質を有しないものであるから、所得税法第九条第一項第九号にいわゆる一時所得に該当するといわねばならない。従つて訴外須磨税務署長が原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年分所得税について、所得税法第九条第一項第九号に基き、前記四五、〇〇〇、〇〇〇円に対する右原告等三名の各取得分金一五、〇〇〇、〇〇〇円から金一五〇、〇〇〇円を控除した額の一〇分の五に相当する金七、四二五、〇〇〇円を一時所得として、それぞれ申告所得金額に加算してなした本件各更正処分は、相当であつて、本件各更正処分を認容した被告の本件各審査決定も相当である。

三、しかるに、原告等は、訴外日本毛織株式会社が訴外川西清兵衛の退職金として原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三に支給した合計金四五、〇〇〇、〇〇〇円は、右原告等三名の相続財産に属するものであつて、所得税法第六条第一項第一二号(当時七号)の規定により同法第九条第一項第九号の一時所得に該当しないと主張するので判断する。

(一)  原告等は、まず、本件退職慰労金は相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号(現行相続税法第三条第一項第二号に相当する)の退職手当金に該当するから、相続財産とみなされると主張する。

税法の解釈は、税法が課税を目的とするだけでなく、憲法の保障する財産権を課税の領域で保障することを目的とするものであるから、いわゆる租税法律主義の当然の帰結として認識の対象たる法規の文言を離れ、無視し、または文言を置換し、附加することは許されないのであつて、課税の目的のため恣意的にその負担の限度を拡大して解釈し、または納税義務者の利益のために縮少して解釈することは許されない。そして税法の文言に反する解釈を例外的にも否定する結果、非合理的な結果を招来することがあつても、それは租税法の立法自体が非合理的であることに由来するものであつて、これを租税行政または租税裁判の法解釈及び適用に転嫁するべきでないことはいうまでもない。しかしながら、法の解釈は、法規範的意味を認識するものであるから、法律文言の文法的解釈に終始すべきものではなく、論理的解釈、目的論的解釈などあらゆる解釈方法を集約すべきことも当然である。相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項には「左記に掲げる財産はこれを相続財産とみなす」とし、同項第四号に「退職手当功労金及びこれらの性質を有する給与(以下退職手当金等という)で被相続人に支給せられるべきであつたものが被相続人の死亡のためその相続人その他の者に支給された場合におけるその退職金等」と規定されているから、右法規の文法的解釈に従えば、原告等の主張するごとく、同条は退職金として被相続人に支給すべきであつたが、支給時において本人が死亡したため相続人に支給せられた退職金について規定したものであつて、死亡は退職の原因ではなく支給をうけ得られない理由であると解釈する余地が全然ないわけではない。しかしながら、相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)は、現行相続税法と同じく、相続税の課税原因として、相続とか遺贈というような法律上の原因によつて無償取得した財産(いわゆる本来の課税財産)についてのみならず、実質課税の原則から不公平な結果を避けるため、厳密な意味では相続とか遺贈というような法律上の原因によつて取得した財産でなくとも、取得した事実によつて、実質上これと同じような結果を生じた場合にその取得した財産についていわゆるみなす課税財産として規定しているのであるが、いわゆる本来の課税財産は、相続とか遺贈というような人の死亡のときに(相続開始のときに)財産取得の効果が法律上発生するものである以上、いわゆるみなす課税財産についても実質上人の死亡のときに(相続開始のときに)財産取得の効果が発生するものと解せられるものでなくてはならない。このことは相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項各号の各規定を検討すればたやすく首肯しうるところである。従つて同法第四条第一項第四号(現行相続税法第三条第一項第二号に相当する)も、右のような趣旨に基いて規定しているものと解さなくてはならないから、「被相続人に支給されるべきであつたものが被相続人の死亡のためその相続人その他の者に支給された場合におけるその退職金等」とは、被相続人の死亡に起因してその相続人その他の者に支給された退職金等、すなわち、被相続人の死亡は、その相続人に退職金等が支給される原因となるばかりでなく、退職金等の支給決定の原因となるのでなければならない。してみると、右規定は、被相続人の死亡が退職金等の支給決定の原因となるもの、すなわち死亡退職に関する規定であつて、被傭者が死亡した場合、いわゆる死亡退職手当金等の名目で雇用主から死亡者である被相続人の遺族に渡される金品がこれに該当するのであり、死亡退職による退職手当金は、その者が生前退職によつて支給されたものであるならば、当然相続財産に含まれて相続されるであろうと思われる財産と実質上何ら異るところがないので、法はこの点の実質論に立脚して、この退職手当金については、いわゆるみなす課税財産として相続税の対象としているものと解すべきである。そして、右規定を右のように解釈することは、右規定の文言を文法的に解釈しても可能であるばかりでなく、法規の文言を離れ、無視し、または文言を置換し、附加するものでもなく、課税目的のため恣意的にその負担の限度を拡大して解釈するものでもない。右規定を右のように解するならば、本件退職金が右規定に該当するいわゆるみなす相続財産でないことは明らかであつて、この点に関する原告等の主張は理由がない。

(二)  原告等は、次に、仮りに相続税法(昭和二二年四月三〇日法律第八七号)第四条第一項第四号が死亡退職の場合に限ると解しても、本件退職金は右規定にかかわらず相続税の対象となると主張する。

しかし、本件退職金は、既に認定したところにより明らかなとおり、訴外亡川西清兵衛の生存中はもとより、その死亡後定時株主総会及び取締役会の議決を経るまでは、支給額はもとより支給されるか否かについてさえも未確定の状態にあつたのであるから、右訴外人が訴外日本毛織株式会社に対し退職金請求権を取得する筈がなく、右訴外人死亡により原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の三名が相続により右退職金請求権を取得する筈もない。原告等は、本件退職金を本来の相続財産に属するものであると主張するものと解せられるが、本来の相続財産は相続開始の時に承継的に取得するものであるから、本件退職金が本来の相続財産に属しないことは極めて明らかである。原告等は、退職当時は勿論死亡時において支給の有無及び額が決定していないので後日決定したものを本来の相続財産として取扱つているとして、国税庁長官通達を援用しているが、相続税取扱通達(昭和二五年一二月一一日直資一―一八六)第一八及び相続税法基本通達(昭和三二年三月一日直資二二)第一五条は、いずれも死亡退職の場合のいわゆるみなし相続財産について規定しているものであり、また前記相続税法基本通達第一九条は、被相続人が受けるべきであつた賞与であつて、その額が死亡後確定したもの、すなわち支給それ自体は確定しているが額の未確定な未払賞与については本来の相続財産に属することを規定したものであるから、これらの通達によつても、本件退職金を本来の相続財産に属せしめえないことはいうまでもない。従つて本件退職金が本来の相続財産に属するとする原告等の主張は全く理由がない。

(三)  原告等は、訴外神戸税務署長が訴外日本毛織株式会社において本件退職金を経費処理していることを是認したこと、訴外須磨税務署長が本件退職金と同一案件に属する訴外小曽根貞松に対する退職金についてその遺族に対する一時所得として課税することなく相続財産として課税していることを指摘して本件各更正処分が不当違法であると主張する。

しかし、前者については、法人に対する課税において何を損金とすべきか、または損金に算入しないかは、法人税法によつて定むべきであつて、右金員が訴外日本毛織株式会社にとつて損金であると否とは、これが給付をうけた原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の所得の性格を左右するものでなく、後者については、本件は原告等に対する課税処分の適法違法を決すれば足り、第三者との比較によつて違法原因が生ずる筋合でないことは、すべて被告所論のとおりであるから、この点に関する原告等の主張も理由がない。

四、次に原告等は、本件退職金が原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の一時所得であるとしても、本件各更正処分には課税年度を誤つた違法があると主張するので判断する。

(一)  原告等は、まず、本件退職金の額確定の時期は昭和二七年一一月二八日であるから、昭和二七年度分の一時所得として課税をなすべきであると主張する。

所得税法第一〇条第一項は、所得の発生をいずれの期間に帰属さすべきかについて、収入する権利の確定した時期を基準とする旨規定し、いわゆる権利発生主義の立場を採用しているが、所得税法上いかなる事実を把えて権利が確定したと解すべきかについては、個々の具体的な契約内容その他法律上、事実上の各種の条件を検討して決定すべきところ、本件退職金四五、〇〇〇、〇〇〇円については、原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三が訴外日本毛織株式会社に対し、その受領受諾の意思表示をなしたときに、これを請求権(債権)として取得するものであるから、右原告等三名が受領受諾の意思表示をなしたときに権利として確定するものと解すべきである。ところで右原告等三名が訴外日本毛織株式会社に対し昭和二八年一、二月頃受領受諾の意思表示をなしたことは、前記二、(一)において認定したとおりであるから、右原告等三名の権利は昭和二八年一、二月頃確定したものというべく、本件退職金を昭和二八年度の一時所得として認定した本件各更正処分には課税年度を誤つた違法はないといわなければならない。原告等は、本件退職金が権利として確定した時期は、その支給について訴外日本毛織株式会社の取締役会が決議した昭和二七年一一月二八日であるとして、所得税基本通達第二〇〇号第二項を援用するのであるが、右規定は退職所得についての権利確定時期を定めたものであり、原則として退職の時、会社重役等の退職所得で当該会社の定款その他の定めにより株主総会等の決議を要するものについては、その決議のあつたときによるべきことを規定したものであつて、本件の場合は訴外亡川西清兵衛の退職所得として課税したものでないから、右規定が本件一時所得に直接はたらくものでないことは被告所論のとおりである。そして本件一時所得に関する帰属年度についてはさきに述べたとおりであるから、右通達の規定にかかわらず、その権利確定の時期を取締役会の決議のあつた昭和二七年一一月二八日とすることもできない。

(二)  原告等は、次に、本件退職金が現実に原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の相続人原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子に交付されたのは、昭和三一年一二月七日であるから、昭和三一年度分の一時所得として課税すべきであると主張する。

しかし、所得税法第一〇条第一項が所得の帰属時期についていわゆる権利発生主義を採用していること、権利確定の時期については個々の具体的な契約内容その他法律上、事実上の各種の条件を検討すべきこと、本件退職金については原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三が受領受諾の意思表示をなした昭和二八年一、二月頃権利として確定したことはさきに述べたとおりである。所得税取扱通達第二〇三号に「一時所得については権利の確定する時期はその収入を受けた時による」と規定していることは、原告等主張するとおりであるが、右通達が一時所得について例外なく適用される趣旨とも解されないのみならず、たとい右通達が一時所得について例外なく適用すべき趣旨であるとしても、税法の客観的な合理解釈は、税務官庁内部における取扱指針にすぎない通達によつて左右されうるものでないから本件一時所得の課税年度を右通達によつて昭和三一年度としなければならない理由は全くない。

五、以上説明したとおり、訴外須磨税務署長が原告川西ふさ、同川西清司及び訴外亡川西竜三の昭和二八年度所得税について、それぞれ同年度に金七、四二五、〇〇〇円の一時所得ありとなした本件各更正処分は相当であり、これを認容した被告の本件各審査決定も相当であつて、原告等が主張するような違法不当のかどは全く存在しないから、原告川西ふさの本訴請求、原告川西清司の本訴請求、原告川西甫、同川西竜弥、同川西美栄子、同住友美子の本訴請求は、すべていずれも理由のないものとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但し書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 阪井いく朗 浜田武律)

第一表

原告川西ふさ

原告川西清司

訴外亡川西竜三

所得金額

配当所得

五五三、四六三

三、六〇四、四八八

二、一〇三、八九九

不動産所得

一二六、〇七六

二五、四五一

給与所得

五、三〇七、〇〇〇

四、四四五、〇〇〇

五五三、四六三

九、〇三七、五六四

六、五七四、三五〇

内控除額生命保険料

八三五

社会保険料 七、五〇〇

基礎控除額

六〇、〇〇〇

六〇、〇〇〇

六〇、〇〇〇

差引課税所得金額

四九三、四〇〇

八、九七六、六〇〇

六、五〇六、八〇〇

同上に対する所得税額

一六〇、五〇〇

五、二二四、二九〇

三、六一八、九二〇

内控除税額

一四二、三六五

九〇一、一二二

五二五、九七四

源泉徴収所得税額

一三〇、二〇〇

三、三三四、七八五

二、三六〇、七五七

差引納付所得税額

過納額 一一二、〇七〇

九八八、三八〇

七三二、一八〇

第二表

原告川西ふさ

原告川西清司

訴外亡川西竜三

所得金額

配当所得

五五三、四六三

三、六〇四、四八八

二、一〇三、八九九

不動産所得

一二六、〇七六

二五、四五一

給与所得

五、三〇七、〇〇〇

四、四四五、〇〇〇

一時所得

七、四二五、〇〇〇

七、四二五、〇〇〇

七、四二五、〇〇〇

七、九七八、四六三

一六、四六二、五六四

一三、九九九、三五〇

内控除額生命保険料

九三五

社会保険料 七、五〇〇

基礎控除額

六〇、〇〇〇

六〇、〇〇〇

六〇、〇〇〇

差引課税所得金額

七、九一八、、四〇〇

一六、四〇一、六〇〇

一三、九三一、八〇〇

同上に対する所得税額

四、五三六、四六〇

一〇、〇五〇、五四〇

八、四四五、一七〇

内控除税額

一四二、三六五

九〇一、一二二

五二五、九七四

源泉徴収所得税額

一三〇、二〇〇

三、三三四、七八五

二、三六〇、七五七

差引納付所得税額

四、二六三、八九〇

五、八一四、六三〇

五、五五八、三四〇

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